デスクトップでの作業から、スマホ+キーボードで書くようになるまで

フリーランスになってからずっと、仕事はすべてデスクトップ PC の前で完結させてきました。3 枚のモニターに、長年使い込んだキーボードとマウス。効率を優先して整えた、自分専用の作業環境です。

ところがある時、ふと気になりました。文章を書くとき、同じ場所、同じ姿勢、同じ視界の中での閉塞感がある。Web 制作やコーディングならそれで集中できるのに、文章だけは言葉の流れがどこか硬くなる。

この記事は、その違和感をきっかけに、最終的に「スマートフォン+外付けキーボード」という、自分でもまったく予想していなかった解にたどり着いた話です。ノート PC を買えば済む話ではなかった、というところに、ちょっとした発見がありました。

第1章 ノート PC では解決にならなかった理由

外でも書けるようにしたい、と考えたとき、最初に浮かんだのはやはりノート PC でした。薄くて軽く、電源さえあればどこでも作業できる。会社時代に何台も使ってきたので、選び方も使い方も分かっています。

ところが、現実的に考えはじめると、金額の話よりも先に「環境の再構築」が立ちはだかりました。

私は長年、キーボードの配列やショートカットを細かくカスタマイズしてきました。Windows 環境では AutoHotKey が手放せません。CapsLock は Ctrl に入れ替え、Ctrl + E/X/S/D で上下左右のカーソル移動(いわゆるダイヤモンドカーソル)、Ctrl + G/H で Delete/Backspace。ホームポジションに手を置いたまま、すべての入力ができる状態になっています。

この感覚が崩れると、文章を書くリズムも崩れる。ノート PC を一台導入するということは、アプリ設定、フォント、配色、トラックパッドの感触まで、もう一度ゼロから揃え直すことを意味します。

つまり、ノート PC は「理想の選択肢に見えて、実は解決ではなかった」のです。買えば自由になれるはずが、買った瞬間から環境構築に時間を取られる。これは私の場合、明らかに割に合いませんでした。

第2章 発想を変える──表示はスマホでもいいのではないか

ノート PC を諦めかけたとき、ふと思いました。

私がやりたいのは「外でテキストを書くこと」だけです。プログラミングではない。ブラウザで複数ウィンドウを並べる作業でもない。だとすれば、表示装置はスマートフォンでも足りるのではないか。

問題は入力環境です。スマホのソフトキーボードでは、私の身体に染みついたキー操作はまったく再現できません。ところが──もしキーボード側でキー定義を完結できる製品があれば、つなぐ相手がスマホだろうが PC だろうが関係なく、いつもの入力感覚が手に入るはずです。

そんな都合のいい話があるのか半信半疑でしたが、調べてみると、ZMK/QMK というオープンソースのキーボードファームウェアに対応した製品群があることを知りました。GUI アプリでキー定義を書き込めば、キーボード本体が定義を覚えてくれる。

思い出したのは、はるか昔の DOS/V パソコン時代に、JIS キーボードの CapsLock と Ctrl を入れ替えるために、基板のパターンをカッターで切ってジャンパー線で結線したことです。あの時の発想を、いまはソフトウェアでスマートにやれる時代になっている。こういうキーボードがあることをもっと早く知りたかったというのが、正直な感想です。

第3章 「完璧」より「使える環境」を選ぶ

選んだのは、薄型軽量で持ち運びやすい Keychron B1 Pro です。届いてすぐ、設定にとりかかりました。

まず CapsLock を Ctrl に変更。次に、最優先のダイヤモンドカーソル(Ctrl + E/X/S/D)の定義──と、ここで早々につまずきました。

メーカー提供の Web アプリで設定できるのは、「Fn キーと組み合わせた各キーの定義」までで、Ctrl との組み合わせは扱えません。本格的にやろうとすればキーボードのファームウェアを自分でビルドし直す必要があるのですが、今回購入した機種はメーカーから定義ファイルが公開されておらず、その道もふさがっていました。

ここで考えました。

完璧な再現を諦めて、CapsLock を Fn に割り当てる──つまり「Ctrl との組み合わせ」を「Fn との組み合わせ」に置き換えてしまえば、最低限のカーソル移動は実現できます。Fn + A に「Ctrl + ←(文節単位の移動)」を割り当てるような複合キーは扱えませんし、反応もデスクトップ環境よりわずかに遅い。それでも、スマホとこのキーボードだけでテキスト入力が完結するメリットの方がはるかに大きい、と判断しました。

技術的なこだわりを突き詰めるのは楽しいことですが、目的は「外で書けるようにすること」です。手段に時間を吸い取られて目的を見失ってはいけない。今回の妥協は、その線引きの結果でした。

第4章 外で書くと、文章の出方が変わる

環境が整ったところで、近所のスターバックスへ向かいました。

都会ではないせいか、ドライブスルー併設店だからなのか、店内はガラガラ。

注文の段になり、「ブラックのコーヒーで」「大きめのサイズで」とおぼつかない注文をしていたら、店員さんから穏やかに「スターバックスはあまりご利用ではないですか?」と訊かれてしまいました。確かにその通りです。私はラテも頼みませんし、ブラックコーヒーが飲めればチェーンはどこでも構わない人間でした。

席に着き、iPhone のメモアプリで入力を始めます。

実際に書いてみると、不便な点はそれなりにあります。日本語 IME の変換候補を数字キーで選べず、左右キーでしか送れない。文節単位の移動も使えない。それでも、書けないわけではない。むしろ──

驚いたのは、文章の出方そのものが変わったことでした。

自宅の机はとても静かな環境です。集中できる反面、煮詰まると逃げ場がない。

一方、カフェには適度な BGM や話し声があり、すぐ横になることもできない適度な制約があります。文章を書くという作業にとって、この「適度な雑音」と「適度な不自由」が、思いのほか相性がよかったのです。

おわりに 道具を変えると、考え方も変わる

ノート PC を買えば済む、と思っていたところから始まったこの試行錯誤で、改めて気づいたことがあります。

ひとつは、「効率の良い環境」と「考えるのに向いた環境」は、必ずしも同じではないということ。デスクトップは私の作業効率を最大化してくれますが、それは同時に、思考のパターンも固定していたのかもしれません。

もうひとつは、解決策は既成の選択肢の中だけにあるわけではないということ。「外で書きたい→ノート PC を買う」と最初から答えを決めてしまうと、「スマホ+ ZMK 対応キーボード」という選択肢にはたぶん一生たどり着けませんでした。要件を一段抽象化して捉え直すと、思いがけない選択肢が見えてくる。これは仕事のうえでも、お客様の課題に向き合うときに大切にしたい姿勢だと思っています。

現状の構成にはまだ不満な点もありますし、エディタ側で改善したいことも残っています。それでも、当初の「外で書けるようにする」という目的は達成できました。仕事の合間にカフェへ持ち出して原稿を書く、という選択肢が増えたことは、思っていたよりずっと大きな変化です。

もし同じように「ノート PC を買うほどではないけれど、外で文章は書きたい」という方がいらっしゃれば、ZMK/QMK 対応キーボードを一度調べてみる価値はあると思います。完璧な再現は難しくても、自分にとって必要十分な環境は、案外コンパクトに作れるものです。