今だからこそ「おとめチック」を考える――70’s少女マンガ

最近、なぜか70年代によく読んだ少女マンガについての話題をたくさん目にするような気がします。
『りぼん70'sおとめチック☆エポック』(注1)の発刊や、弥生美術館での「太刀掛秀子展~『りぼん』70'sおとめチック☆エポック~」(陸奥A子・田渕由美子の原画も展示)など。
思わず書籍も購入し、展示会にも行ってみました。
その中でも、私が何度読んでも引き込まれるのが、田渕由美子さんの作品です。
大きな事件が起こるわけではありません。派手な恋愛や劇的な展開もありません。
それなのに、不思議と最後まで読んでしまう。
そして読み終えたあとも、主人公たちがその先もずっと生きていることを、温かく見守ることができるのです。
50年近く前に描かれた作品なのに、なぜこんなにも古く感じないのでしょうか。
「おとめチック」という時代
1970年代後半、「りぼん」を中心に「おとめチックロマン」と呼ばれる作品群が人気を集めました。
陸奥A子さん、太刀掛秀子さん、そして田渕由美子さん。
ふんわりした絵柄や優しい雰囲気を思い浮かべる人も多いと思います。自分のいる現実とは違う世界。
「おとめチック」という言葉だけを聞くと、今では少し誤解されやすいかもしれません。
少女趣味とか、女性だけの世界なのに、という印象を持つ人もいるでしょう。
実を言うと、当時の私は男子学生でした。
書店で「りぼん」をレジに持っていくときは、少し恥ずかしい気持ちもありました。
おとめチック全開のカラー表紙に、紐で縛られたたくさんの「ふろく」。
それでも作品を読みたい気持ちの方がずっと勝っていました。本体が分厚くて、いつも学生カバンには入らなかったのを覚えています。
田渕作品が今も色あせない理由
田渕作品の主人公は、もちろん完璧ではありません。
少し思い込みが激しかったり、ちょっとドジだったり。
相手の一言に舞い上がったかと思えば、落ち込んだり。
その心の動きが本当に細かいのです。だから読んでいるこちらも、次はどうなるのかと自然とページを繰ってしまいます。
もう一つ好きなのは、物語の終わり方です。
多くの作品は、まさに「もうすぐハッピーエンド」というところで終わります。
恋人になりそうだったり、たとえなったとしても、その後は描かれません。未来は読者に委ねられます。
だからこそ、その後の物語は、それぞれの読者の中で続いていくのです。
短編なのに、読み終わったあとがずっと長い。
これが田渕作品の大きな魅力なのではないかと思います。
映画監督の岩井俊二さんも、田渕作品は「誰かと誰かが出会って生じる、ちょっと微熱のような時間」が美しいと語っています。
また、その物語が自分の創作の「型」になっているとも話していて、影響の大きさがうかがえます。
(『りぼん70'sおとめチック☆エポック』(注1)田渕由美子×岩井俊二 あこがれスペシャル対談より)
「おとめチック」とは何だったのか
若い頃のほとんどの本は捨てたのに、とても捨てられないトキメキを与えてくれる田渕作品の数々。
その単行本を読み返したり、美術館で初めて田渕作品の原画を見た帰り道にも、ずっと考えていたことがあります。
こんなにも惹かれる「おとめチック」って、結局何だったのだろう。
恋愛でしょうか。かわいい絵でしょうか。
私は、そうではない気がしています。
おとめチックとは、まだ始まっていない未来を楽しみにできる心 なのではないでしょうか。
主人公たちは、何か特別な成功を手に入れるわけではありません。
でも、「今日は好きな人に会えるかもしれない」「明日は今日より少し良くなるかもしれない」そんな予感を大切にしています。
だから読んでいるこちらも、自然と少し前向きな気持ちになるのです。
この予感を大事にする気持ちこそが、「おとめチック」なのではないかと思います。
そう考えてみると、この感覚は田渕作品だけのものではありません。
田渕作品と同じように、ずっと大好きな『赤毛のアン』シリーズもまた、何気ない毎日の中に小さな喜びや希望を見つけていく物語です。
その心の動きこそ、「おとめチック」と呼ばれてきたものの正体なのかもしれません。
田渕先生も、
「田渕由美子 ベストセレクション すてきなボーイフレンド編」(注2)の中の作品コメントで、
「自分のことをオトメだなんて、もういっこも思っていませんが、乙女心めいたものはかすかに残っています。かすかです。」と書かれています。
これを読んだとき、とてもうれしくなりました。
「あの頃」からはずいぶん経ったとしても、心のどこかに「かすかに残っている」感覚を大切にしたいと私自身も思っているからです。
半世紀たった今だからこそ
今は、SNSで”つながる”という形で他人と比べ、タイムパフォーマンスが求められ、なにかと答えを急ぐ時代です。
効率よく。失敗しないように。最初から正解を探そうとする。
もちろん、それも大切だと思います。
でも、その一方で、「何かいいことがあるかもしれない」と理由もなく思える時間を大切にすることは、昔より少なくなっている気がします。
だからこそ、「おとめチック」は懐かしい文化などではなく、今の時代にも必要な感覚なのではないでしょうか。
少女であることではありません。性別も関係ありません。年齢でもありません。
未来に、小さな期待を持ち続けられること。
それが、「おとめチック」という心なのかもしれません。
幸い、この世界をいまムック本『りぼん70'sおとめチック☆エポック』(河出書房新社)で手に取ることができます。
ページを開いたときに胸にふわりと上がってくる、あの小さな予感。
ぜひ確かめてみてください。
(注1)『りぼん70'sおとめチック☆エポック』河出書房新社 2026年1月30日初版
(注2)「田渕由美子 ベストセレクション すてきなボーイフレンド編」河出書房新社 [書き下ろし]田渕由美子先生 主要作品コメント 「オトメの悩み シリーズ」のコメントより
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